AIがCXを加速:年間8600億ドルのビジネス価値創出の可能性、では導入の壁は?

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自分専用のエージェントが旅行計画を立てる「AIを使ってCXの作業を効率化したりCX体験を改善することで創出されるビジネス価値は年8600億ドル。最大で1兆3000億ドルに及ぶ」というのは、McKinsey & Companyのパートナー、Victoria Bough氏だ。調査の概要は後述するとして、まずはCXにAIを取り込むとどのようなことが可能になるのかをみてみよう。Bough氏は旅行を例にとって次のように説明した。シチュエーションは、ある人物がスペイン・バルセロナに出張で行くことになり、ビーチで時間を過ごすために4日間旅行を延長するというものだ。自分専用のAIエージェントに、「出張を4日延長したい。予算は800ドル」と伝えると、エージェントが利用できるフライトを探し、それまでのその人の履歴をもとに嗜好に合ったフライトオプションを表示。座席の指定のリクエストなども行う。次に、予算と好みに合わせた4日の間の過ごし方も提案する。旅行の計画を立てるだけでなく、エージェントはパスポートの有効期間など旅行に必要な書類もチェックし、必要に応じて取るべきステップを知らせてくれる。ユーザーが何度もエージェントとやり取りする必要はない。もし旅行中に怪我をしたとする。エージェントはユーザーの保険情報にアクセスし、取るべきステップを提示してくれる。旅行の後にソーシャルに写真をアップロードする習慣も知っており、そのためのコンテンツを作成してくれる、といったことも考えられるという。AIを使ったCX改善の例は他にもある。いつも2時間5分前に空港に着くとわかっていれば、ユーザーがタクシーを呼ぶのではなく、エージェントが「この時間に呼びますか?」と提案できるだろう。エージェントはユーザーがどこにいるかわかっているので、自宅だけでなく旅先から空港に向かう場合も同じ提案ができる。「ユーザーが航空会社、配車サービス、ホテルなどのアプリをバラバラに操作するのではなく、利便性のために統合されるべき」とBough氏、AIはユーザー個人の情報だけでなく、インターフェイスのあるベンダーから利用できる情報も統合しながら、ユーザーのために動作する。Bough氏は「遠くない未来にこのようなことが可能になるだろう」と述べる。だが、障害はある。CXにおけるAI活用に大きな期待、だが体制と心理面が障害にMcKinseyとQualtricsは、米国、英国など5カ国(日本は含まれていない)の従業員1000人以上の大企業に所属する1500人の幹部を対象に、CXにおけるAI活用の期待と実際の取り組みについて調べた。期間は2024年第3四半期。結果は次のようなものだ。・77%が「CXは自社・組織にとって重要/極めて重要な優先事項である」・72%がAIは今後数年間でCXへのアプローチを根本的に変革すると予想・75%が「AIは顧客の期待を満たす/上回る能力を大幅に向上させる」CXの重要性、そしてCXでのAI活用に大きな期待があることがわかる。だが、調査では以下のような現実も明らかになった。・約90%がAIのイニシアティブが進行中と回答したが、組織全体のAI戦略がプロジェクトの所有権(オーナーシップ)とともに一元的に協調されているという回答は12%「これは問題だ」とBough氏、「市場で大きなシェアを獲得している企業は、そうではない企業と比較してAIの実装を体系的に行っている可能性が2.3倍高い。このように、体系的にAIを実装することは、ビジネス上の成果と強い相関がある」と理由を説明した。Bough氏の課題指摘は、組織が体系的にAIを実装する体制を整えていないことだけではない。それが次の調査結果だ。・AI主導のビジネス変革をリードしようと考えている幹部は15%AIはまだ新しい技術であり課題もある。そのため、AIプロジェクトの最前線に率先して立ちたいとは思わない心理が働いているとしても無理はない、とBough氏は理解を示しながらも、「正しく取り組めば、AIは複合的な優位性を生み出すことができる」と述べる。AIの効果には業務の効率化、顧客との関係や顧客体験の強化などがあり、「AIを取り入れるための明確な目標を持ち、責任を持って行動する組織は、すぐに価値を得られる。時間の経過とともに、システマティックな優位性も得られるようになる」と述べた。・AIを迅速に採用する組織は、採用を躊躇する組織と比較して市場で優位に立つ可能性が1.7倍高い生産性+新しい顧客関係の構築+プロセス改善=8600億ドル以上冒頭の8600億ドルのビジネス価値の調査をみてみよう。調査では、チャットボットやアシスタントなどのエージェントAI、パーソナライゼーションなどのクリエイティブAI、CXをROIに結びつける分析AIとAIを大きく3つに分類して、19の産業でAIの価値を調べた。その結果、AIがもたらすビジネス上の価値は合計8600億ドルと弾いた。8600億ドルの内訳を詳しく見てみると、生産性(特に営業、エンジニアリング、顧客サービス)で4200億ドル、新しい顧客関係の構築・成長の方法で2600億ドル、プロセス改善で1800億ドルという内訳になる。この3つの進め方次第では、その価値は1兆3000億ドルに膨れる可能性もあるという。AI活用から成果を出している例として紹介したのが、金融のFiservだ。同社は顧客の不満を理解できていないという課題を抱えており、QualtricsのAIを活用した対話型調査により深いレベルで問題を探ることにした。顧客がサーベイの自由回答欄に入力すると、共感を示しながらフォローアップの質問をするというもの。例えば「サービスがひどい、担当者が頻繁に変わる」などと入力すると、AIは「それは大変ですね」と共感を示しつつ「どのような場面で担当者が変更したのか教えてください」といった追加の質問をする。これにより、顧客の不満の解像度を上げることができる。明らかになったことの1つが、サービス担当者は規制上の制約により資金保留の理由を開示できないが、顧客はこれに不満を感じてサービスの質が悪いと感じているということがわかった。この洞察を得て、Fiservは法的な制限があることを事前に明確にすることで顧客の期待値を下げつつ、規制順守を維持した。同社はまた、顧客のフィードバックを人口統計データ、運用データなどと組み合わせ、機械学習を用いて顧客離れにつながる可能性が高い状況とイベントを特定できる予測モデルを構築し、顧客離れにつながる6つの条件を洗い出した。そして6つが揃う手前で人が介入することにした。そこでもAIを用いた。同じ条件で離れなかった顧客を調べ、生成AIを適用して対応をナビゲートするガイダンスを作成し、そのタイミングが来るとアカウントチームに自動送信するようにしたのだ。これにより、経験の浅いアカウント担当者でも顧客離れを防ぐような体験や情報の提供ができる、というわけだ。同社は現在、AIの取り組みを営業にも拡大し、満足度の高い顧客を理解した上で同じ状況を作り出すような関係構築の”レシピ”を生成AIを用いて作成、営業担当をガイドしているという。Fiservの例を紹介しながら、「処方的なガイダンスをアカウント担当に提供することで生産性の向上を得て、営業チームが成功のレシピにより収益を増加させている。さらに、問題に能動的に対処して業務を合理化することで顧客サービスのコストを削減している」とBough氏、組織全体でAIのメリットを最大限に得るために、不安や恐怖を乗り越えて部門横断的な取り組みを進める意義があるとの教訓を導き出した。さて、日本に目をやるとCXへの投資意向が世界より低いという調査がある。IDCが先に発表したITおよびデジタル投資の予算動向について日本と世界を比較した調査によると、DXやAI推進のためのインフラ構築、運用への投資を優先しているというトレンドは世界共通だが、世界全体では構築した基盤をCX向上に活用する意向が強い一方で、国内企業は基幹システムの改善に注力する意向が強いという。IDC JapanでTech Buyer リサーチマネージャーを務める鈴木剛氏は「CXの取り組みは世界の課題であって、日本だけではない」と述べる。日本には「お客様は神様」という文化が根付いているものの、それを人海戦術ではなく、デジタル技術によって実現する手法などを把握できていないのではないか、と続ける。CXを進めるためには、CMOとCIOが連携して顧客情報をシームレスに経営システムに取り込んで包括的な顧客理解を深めていく必要があるが、「これはグローバルでもこれから。日本はそこから少し遅れて進むだろう」との予想を示した。

自分専用のエージェントが旅行計画を立てる 「AIを使ってCXの作業を効率化したりCX体験を改善することで創出されるビジネス価値は年8600億ドル。最大で1兆3000億ドルに及ぶ」というのは、McKinsey & Companyのパートナー、Victoria Bough氏だ。 調査の概要は後述するとして、まずはCXにAIを取り込むとどのようなことが可能になるのかをみてみよう。Bough氏は旅行を例にとって次のように説明した。 シチュエーションは、ある人物がスペイン・バルセロナに出張で行くことになり、ビーチで時間を過ごすために4日間旅行を延長するというものだ。自分専用のAIエージェントに、「出張を4日延長したい。予算は800ドル」と伝えると、エージェントが利用できるフライトを探し、それまでのその人の履歴をもとに嗜好に合ったフライトオプションを表示。座席の指定のリクエストなども行う。次に、予算と好みに合わせた4日の間の過ごし方も提案する。旅行の計画を立てるだけでなく、エージェントはパスポートの有効期間など旅行に必要な書類もチェックし、必要に応じて取るべきステップを知らせてくれる。ユーザーが何度もエージェントとやり取りする必要はない。 もし旅行中に怪我をしたとする。エージェントはユーザーの保険情報にアクセスし、取るべきステップを提示してくれる。旅行の後にソーシャルに写真をアップロードする習慣も知っており、そのためのコンテンツを作成してくれる、といったことも考えられるという。 AIを使ったCX改善の例は他にもある。いつも2時間5分前に空港に着くとわかっていれば、ユーザーがタクシーを呼ぶのではなく、エージェントが「この時間に呼びますか?」と提案できるだろう。エージェントはユーザーがどこにいるかわかっているので、自宅だけでなく旅先から空港に向かう場合も同じ提案ができる。 「ユーザーが航空会社、配車サービス、ホテルなどのアプリをバラバラに操作するのではなく、利便性のために統合されるべき」とBough氏、AIはユーザー個人の情報だけでなく、インターフェイスのあるベンダーから利用できる情報も統合しながら、ユーザーのために動作する。 Bough氏は「遠くない未来にこのようなことが可能になるだろう」と述べる。だが、障害はある。 CXにおけるAI活用に大きな期待、だが体制と心理面が障害に McKinseyとQualtricsは、米国、英国など5カ国(日本は含まれていない)の従業員1000人以上の大企業に所属する1500人の幹部を対象に、CXにおけるAI活用の期待と実際の取り組みについて調べた。期間は2024年第3四半期。 結果は次のようなものだ。 ・77%が「CXは自社・組織にとって重要/極めて重要な優先事項である」 ・72%がAIは今後数年間でCXへのアプローチを根本的に変革すると予想 ・75%が「AIは顧客の期待を満たす/上回る能力を大幅に向上させる」 CXの重要性、そしてCXでのAI活用に大きな期待があることがわかる。 だが、調査では以下のような現実も明らかになった。 ・約90%がAIのイニシアティブが進行中と回答したが、組織全体のAI戦略がプロジェクトの所有権(オーナーシップ)とともに一元的に協調されているという回答は12% 「これは問題だ」とBough氏、「市場で大きなシェアを獲得している企業は、そうではない企業と比較してAIの実装を体系的に行っている可能性が2.3倍高い。このように、体系的にAIを実装することは、ビジネス上の成果と強い相関がある」と理由を説明した。 Bough氏の課題指摘は、組織が体系的にAIを実装する体制を整えていないことだけではない。それが次の調査結果だ。 ・AI主導のビジネス変革をリードしようと考えている幹部は15% AIはまだ新しい技術であり課題もある。そのため、AIプロジェクトの最前線に率先して立ちたいとは思わない心理が働いているとしても無理はない、とBough氏は理解を示しながらも、「正しく取り組めば、AIは複合的な優位性を生み出すことができる」と述べる。AIの効果には業務の効率化、顧客との関係や顧客体験の強化などがあり、「AIを取り入れるための明確な目標を持ち、責任を持って行動する組織は、すぐに価値を得られる。時間の経過とともに、システマティックな優位性も得られるようになる」と述べた。 ・AIを迅速に採用する組織は、採用を躊躇する組織と比較して市場で優位に立つ可能性が1.7倍高い 生産性+新しい顧客関係の構築+プロセス改善=8600億ドル以上 冒頭の8600億ドルのビジネス価値の調査をみてみよう。 調査では、チャットボットやアシスタントなどのエージェントAI、パーソナライゼーションなどのクリエイティブAI、CXをROIに結びつける分析AIとAIを大きく3つに分類して、19の産業でAIの価値を調べた。その結果、AIがもたらすビジネス上の価値は合計8600億ドルと弾いた。 8600億ドルの内訳を詳しく見てみると、生産性(特に営業、エンジニアリング、顧客サービス)で4200億ドル、新しい顧客関係の構築・成長の方法で2600億ドル、プロセス改善で1800億ドルという内訳になる。この3つの進め方次第では、その価値は1兆3000億ドルに膨れる可能性もあるという。 AI活用から成果を出している例として紹介したのが、金融のFiservだ。 同社は顧客の不満を理解できていないという課題を抱えており、QualtricsのAIを活用した対話型調査により深いレベルで問題を探ることにした。顧客がサーベイの自由回答欄に入力すると、共感を示しながらフォローアップの質問をするというもの。例えば「サービスがひどい、担当者が頻繁に変わる」などと入力すると、AIは「それは大変ですね」と共感を示しつつ「どのような場面で担当者が変更したのか教えてください」といった追加の質問をする。これにより、顧客の不満の解像度を上げることができる。 明らかになったことの1つが、サービス担当者は規制上の制約により資金保留の理由を開示できないが、顧客はこれに不満を感じてサービスの質が悪いと感じているということがわかった。この洞察を得て、Fiservは法的な制限があることを事前に明確にすることで顧客の期待値を下げつつ、規制順守を維持した。 同社はまた、顧客のフィードバックを人口統計データ、運用データなどと組み合わせ、機械学習を用いて顧客離れにつながる可能性が高い状況とイベントを特定できる予測モデルを構築し、顧客離れにつながる6つの条件を洗い出した。そして6つが揃う手前で人が介入することにした。 そこでもAIを用いた。同じ条件で離れなかった顧客を調べ、生成AIを適用して対応をナビゲートするガイダンスを作成し、そのタイミングが来るとアカウントチームに自動送信するようにしたのだ。これにより、経験の浅いアカウント担当者でも顧客離れを防ぐような体験や情報の提供ができる、というわけだ。 同社は現在、AIの取り組みを営業にも拡大し、満足度の高い顧客を理解した上で同じ状況を作り出すような関係構築の”レシピ”を生成AIを用いて作成、営業担当をガイドしているという。 Fiservの例を紹介しながら、「処方的なガイダンスをアカウント担当に提供することで生産性の向上を得て、営業チームが成功のレシピにより収益を増加させている。さらに、問題に能動的に対処して業務を合理化することで顧客サービスのコストを削減している」とBough氏、組織全体でAIのメリットを最大限に得るために、不安や恐怖を乗り越えて部門横断的な取り組みを進める意義があるとの教訓を導き出した。 さて、日本に目をやるとCXへの投資意向が世界より低いという調査がある。 によると、DXやAI推進のためのインフラ構築、運用への投資を優先しているというトレンドは世界共通だが、世界全体では構築した基盤をCX向上に活用する意向が強い一方で、国内企業は基幹システムの改善に注力する意向が強いという。 IDC JapanでTech Buyer リサーチマネージャーを務める は「CXの取り組みは世界の課題であって、日本だけではない」と述べる。日本には「お客様は神様」という文化が根付いているものの、それを人海戦術ではなく、デジタル技術によって実現する手法などを把握できていないのではないか、と続ける。 CXを進めるためには、CMOとCIOが連携して顧客情報をシームレスに経営システムに取り込んで包括的な顧客理解を深めていく必要があるが、「これはグローバルでもこれから。日本はそこから少し遅れて進むだろう」との予想を示した。.